私は志賀直哉の「城の崎にて」を読み、生と死と狭間について考えたことがあります。
そこで思ったのが、生と死の狭間などはないという事です。
気を抜けばいつでも死が待っているというのはやや大げさですが、あながち間違いでもないように思います。

これは何も生と死についてだけでなく、障がいを持っているのか持っていないのかという事も同じことです。
たまたま、障がいを患ったのです。
罪を犯したからでもなく、たまたまなのです。
けれど、それを自分が悪いことをしたから障がいを患ったと人は考えてしまいます。

どうしても障がいを患った自分と患う前の自分に、因果関係をつけようとします。
そうでもしないと自分で自分を納得させることが出来ないからです。

私は精神を患い、それに納得が出来ているとは到底思えません。
かと言って過去の自分を否定しようとは思いません。
因果関係を付けるというのは、結局は過去の自分を否定することになるのです。
自分の行いの結果、障がいを患ったと考えることに繋がるからです。

今がよければそれでいい、これは胆略的にも思えます。
けれど、そう思えれば、障がいに納得しなくても前向きになれるのです。
私はそのように考えるようにしています。