障害者の問題は常に横たわっている。
時代と共に変わっていくものと変わらないものがある。
公共の場で言えば障害者に対する考え良くなっているところもある。
バリアフリーがその際たる例だろう。
障害者に対する考えを、個人で見た場合は、なにも変わってはいない。
ここが変わらない理由はいつの時代も、障害者の数が健常者に比べ明らかに少ない事が原因だ。
それなので、特別視をされてしまう。
今の日本は多数決で意見が決まる。これがいけない。
少数の障害者の意見が葬られてしまう。

英語では最近、障害者の事をチェレンジドという肯定的な言葉を使うようになっている。
日本は「障害」者だ。
最近では障碍者などと記入したり、障がい者と表記したりしているが、根本的に何も解決はしていない。
「碍」は表記を変えたに過ぎないし、「がい」は単にひらがなにしただけだ。
まずはそういうところを変えることから始まるのかも知れない。