一人前
これは私が小学二年の頃の話だ。
私の部屋には、本棚が四つある。
それは、父の部屋に入りきらなかった本が私の部屋に溢れていたからだ。
その本棚の中に、夏目漱石の本だけが並んでいる段があった。
私はその一つを手に取り読んでみた。
けれど、そのときの私には、古典を読んでいるような感じで、本を眺めていた。
その晩、父に夏目漱石ってどんな人と聞いた。
すると父は、その人は、英語と漢文に長けている人だと話してくれた。
子供ながらにすごい人だという印象を受けた。
次に父は、その人の本を読めるようになったら、一人前だと言った。
高校生になった私は、そんなことは忘れていた。
ある日、学校で夏目漱石の「こころ」を習った。
そのとき、父に言われた言葉が蘇った。
教科書は部分的にしか書いてなかったので、私はそれに満足が行かず、自分の部屋にあった「こころ」を読んだ。
子供の頃にあんなに難しいと思っていた本が、嘘のように簡単に思えた。
いつの間にか、私は一人前になっていたのだ。
その晩はうれしくて、漱石の本を読み漁った。